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あいしろう blog IMAGINE

想像してみよう。それは何をもたらす? この後どうなる?   ときに楽しい夢を。ときには厳しい視点で。 

自動運転自動車は何を目指すものなのか?

Googleが発表してから、自動運転自動車(自動が2回続く変なコトバ)の話題がよく上がっている。 自動運転できて何がいいの?という疑問もあるかもしれないが、私は結構面白いなあと思っている。そこでちょっと想像を膨らませてみよう。

 自動車ってそもそも何だろうと、改めて考えてみると「人(もしくは物)の移動手段」で「人力より早く、楽に移動できる」というのが基本的な価値だ。種々の移動手段の中で自動車のプラスな価値は、道路さえあれば自分で運転して移動できるという「自由さ」だと思う。(例えば鉄道は、線路という制約があり、自由ではない。) そして自動運転自動車は、単なる自動車だけでなく、基本価値の「より早く、楽な移動手段」という面で鉄道を含めて革命を起こすポテンシャルがあると思うので、私は結構面白いと思っている。 それは「自動」だから、人が運転しなくていいので「楽」だという短絡的な発想ではない。

 現在、東京のような都会で生活していると、自動車の渋滞、満員電車にうんざりする。人が狭いところに多すぎるという側面はあるが、渋滞も満員電車も原因はキャパ不足で、そのキャパは自動車(もしくは電車)の収容人員、大きさ、車間距離と速度で決まる。自動運転技術は、これらの原因の中の車間距離を縮めることと速度向上に寄与すると思うのだ。 自動車の場合、車間距離がなぜ必要かというと、人間のブレーキングの反応速度にタイムラグがあるからで、また車間距離が縮まったときに速度が遅くなるのも同じく人間の反応速度に起因する。前の自動車と電子的に連動し、自動運転すれば、車間距離と速度は相当上げられるのではないだろうか?
 今の自動車は、人のサイズに対して相当大きいサイズだが、それはエンジンや燃料タンクに起因する部分があると思う。そこは技術の進歩によってもっと小さくできる可能性はある。最小サイズは人一人と同じサイズだろう。
 人一人サイズのカプセルみたいな車が、ぎっしり詰まって、すごいスピードで移動している図を想像すると、ケーッ!!!ってくらい面白い。(怖いという声も聞こえそうだが)
たぶんそれは電車のキャパや使い勝手も凌駕するので、レールが不要な分、電車の需要も喰ってしまうのではないだろうか。
 
 これはあくまで一例で、人に頼っていた操作を自動でできると他にもたくさんメリットが出る可能性がある。例えば乗りたいときに家の前に来てくれる(駐車上は家のそばにある必要はない)、運転できない人も自由に運んでくれる(タクシーは不要になる!)など。
もう自動車は個人所有するものではなく、シェアするもの、公共交通機関に限りなく近づくのではないだろうか。

 自動運転は危険だとか、事故が起きると自動車メーカーの責任になる、アメリカでは、運転しなくて銃を打てるようになるという指摘を受けたり、ビジネス採算性が疑問だ というようなネガティブな声も上がってきている。もちろん課題はたくさんあってそれらを打破するのは並大抵ではないと思う。でもそれを打破する価値があるくらいの飛躍の可能性を持っていると私は思う。
 また自動車会社とGoogleの意見が合わないという報道もある。想像するに自動車会社は今の産業の延長性上で、今の権益を損なわない発想をしていて、Googleはもっと飛躍した可能性を想定しているのではないだろうか? 自動車会社は自動車を販売することだけ(特に今の販売のメインの個人用)を考えてるのだろうが、既に言及したように、個人用を超越した可能性を持っているのだ。Googleが全てではないが、今の延長線の発想を超える必要があると思う。
 皆に頑張ってほしい。そして私の生きているうち(後何年??)に夢が実現して欲しいものだ。 障壁の打破に多大な労力と時間がかかるから、無理かなあ。。。。 でも諦めないでいつも夢を見よう。
  ではでは。