川崎大師に行ってきた。そばにありながら行ってなかったお寺。こんなんだったんですね。川崎駅周辺も変わっていた。
川崎大師に行ってきました。
私の父母は、四国 香川県・讃岐出身のため弘法大師、真言宗を信仰しています。その父母は、毎年、川崎大師にお参りしていたのですが、最近は高齢のため歩くのもおぼつかない状態。そこで私が代わりにお参りしてきました。
川崎大師には小学生のときに一緒にお参りしたことをおぼろげに覚えているのですが、それ以来、訪れたことはなく、うん十年ぶりのお参りです。 以前、川崎市に住んでいたこともあったのに、車で横を素通りしただけで、お参りはしていませんでした。
今回は電車で訪れました。JR川崎駅から京急川崎駅まで歩いて京急大師線に乗り換えて川崎大師駅まで行きました。
いつも思うのですが、京急の駅にはJRから離れているところがあり乗り換えに不便です。まあ”京急の方が東海道沿いに線を造ったんだ、京急の方が本筋だ”という意見もあるかもしれませんが、電車は乗り換えが便利というのは大事な要素かと思うので、不満があります。まあこれから自動運転の車とかが電車の代わりになる将来を考えられるので、これから新しい駅や路線を作るのは得策ではないとは思いますが(JR/東急蒲田駅と京急蒲田駅をつなぐ蒲蒲線構想は進んでいるようですけど)
私は川崎駅周辺に来たのも十年ぶり位で、新しいビルとかができてだいぶ様変わりしていましたね。ちょっと新鮮でした。
川崎大師駅を降りると表参道の大きな門がありました。 これなら迷わないですね。
しばらく歩くと更に案内がありました。
右折すると仲見世通りに。
平日ということもあるのか、人通りはまばらで閑散としていました。子供のとき、ここでお店で威勢よく飴を包丁で切っていたのを覚えているのですが、残念ながらやってませんでした。さみしい。
川崎大師の正式名称は「平間寺(へいけんじ)」というのですね。知りませんでした。
山門の四角には四天王がいました。
ここは阿吽(あうん)の呼吸で有名な金剛力士像ではないのですね。
私は四天王、金剛力士像などの天の仏像が大好きです。 たくさん写真を撮っちゃいました。
話は変わりますが、今、「水曜日のカンパネラ」の『金剛力士像』って歌が出ています。あれには、こんな歌詞で発売するんだと、仏像ファンの私としては笑えます。東大寺の山門の像を唄っていますね♪ 大好きな仏像です。
さて四天王の足下も要注目なのですが、通常は成敗した邪鬼を踏み付けているところを「多聞天」別名「毘沙門天」は、人に支えられていました。
この人は、地天女という神だそうで、このような像は「兜跋毘沙門天(とばつ びしゃもんてん)」と呼ぶのだそうです。この毘沙門天が地天女に押し出されて現れて兜跋国(とばつこく)を救ったという故事に拠るとのこと。
山門をくぐると立派な本堂がありました。
五重塔もありました。八角五重塔で昭和59年(1984年)にできたものだそうです。
護摩札を両親に頼まれたのですが,私には初めての経験で、どうやってお願いすればいいのか分からず少し戸惑いました。でも流れは簡単でした。お願いする護摩札の種類や氏名、年齢などを紙に書いて申し込み、指定の時間に本堂に入り祈願に参列し、受け取るというものでした。
本堂の祈願の様子や私自身が本堂の奥でお参りするのはいい体験でした。
境内には他にも、昔の道標の石がありました。『弘法大師への道』と書かれています。 1663年に作られ、元々、多摩川の六郷橋のたもとにあったものだそうです。江戸時代から、厄除けとして、川崎大師が信仰されていたのが分かります。
この後、午後に用事があったので、特に寄り道もせずまっすぐ帰りました。
川崎大師、平間寺は、久しぶりに行ってみて色々発見がありました。遠くばかりでなく、近場の寺社にも行かないとだめですね。これから東京近郊の他の寺社も行ってみたいと思います。
ではでは。